ロシア語学習者として「評価」を考える② -数字で示される「評価」

学習者の立場から「評価」を考えるにあたって、あらためて、そもそも「評価」とは…?ということを考えてみました。

「評価」とは、辞書的な意味では「善悪・美醜・優劣などの価値を判じ定めること」を指しますが、この言葉を聞いて、会社での人事評価、学校での評定や試験などによる「数字で示すもの」をイメージする人も多いのではないでしょうか。(この記事を書くにあたり、何人かに「評価」ってことばを聞いてまず何をイメージする?という質問をぶつけてみましたが、その全員から「数字」「給料」「売上」「営業成績」…と数字に関するお言葉いただきました。)

確かに「評価」ということばの持つイメージは、明白さとのつながりが強く、だれにとっても分かりやすい形として数字が使われることが少なくないと思います。

なので、今回はまず、数字で示される「評価」、つまり試験での評価について考えてみたいと思います。

そもそも、言語について、数字による評価を受けるということは、自分以外の誰かに対して分かりやすいように、自身の持つ言語能力を数値化して示すということになるのではないかと思います。

言いかえれば、自分以外の誰かに対して、自分の言語能力を証明するために数字による評価を受けることになると言えるのではないでしょうか。

現在、日本で受けられる主なロシア語の試験は、日本語話者向けの国内試験である①「ロシア語能力検定試験」と、ロシア政府が認定する、外国人のための国際的な試験である②「ロシア語検定試験(ТРКИ)」の2種類です。

ロシア語能力検定試験では、試験の趣旨部分に「ロシア語学習の到達点の確認と次の目標の設定に役立つばかりでなく、合格すれば就職活動の際の能力証明としても活かすことができます」との記載があり、この試験の主な目的は学習の到達点の確認や学習目標の設定に置かれており、付帯的な目的として能力の証明がある、と考えられます。

一方でТРКИの目的は、「ロシアの大学への進学を望む者、およびロシアでキャリアを積みたい者は、自身のロシア語の知識を公式に証明する必要がある(ため、ТРКИを受験する必要がある):筆者翻訳」とされており、もちろん、自身の学習の到達点の確認という目的はあるにせよ、この試験の主な目的は、ロシアの大学への進学やロシアでの就職のために自らの言語能力を証明することにあると言えるでしょう。(この記事を書くに至るまで、試験の趣旨とかちゃんと読んでなかった…恥ずかしい限りです…)

そもそも私が何のためにロシア語を学んでいるのか、というのを考えたとき、そのはじまりはキルギスへのJICA派遣でした。

活動言語がロシア語であったため、私にとって大切なのは、ロシア語でコミュニケーションが取れることでした。

そのとき、私自身は、誰かに対して自身のロシア語能力を証明する必要はなく、試験を受けることもしませんでした。

帰国後、(語学力の維持のために学習を続けているので)定期的にロシア語の試験を受けることで、今に自分に何ができて、何ができないのかを確認するようになりました。

私にとって試験による評価は、自身の今を知り、振り返る機会になっており、また継続している学習の方法や内容を見直す材料になっていると言えます。

こう考えると、私にとっては、試験(数字)による評価も、誰かへの証明ではなく、自身の学習の振り返りのためにあるんだな、ということが分かりました。

その一方で、第三者への証明としての評価が存在していることも紛れもない事実です。

ちょっと長くなっちゃたので、次回この「第三者への証明としての評価」について考えたことを書きたいと思います。

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