先日、日本語教師の同僚と話していて、教育実習の時の経験について盛り上がったので、書いてみようと思う。
私はおそらくかなり特殊なパターンで、教育実習を3回経験している。
1回は、高校の英語教員免許取得のため、母校の高校で。
2回目は、大学院時代の自分の所属していた大学の留学生日本語科目での教育実習。
3回目は、大学院時代の海外教育実習で、韓国の大学で行ったもの。
それぞれに印象的で、今の自分の「教える」という仕事の基盤にもなっているような非常に有意義な時間であったが、その中でも、特に衝撃的だった2回目の国内の大学での教育実習について書きたい。
正直、どの科目のどういった項目を教えたかは忘れてしまったが、教壇実習を終えて、フィードバックをもらうために指導教官の研究室を尋ねた時のことは今でも忘れられない。
一生懸命教案も書いたし、しっかり準備もしてきた。当日は緊張したけれど、なんとか90分の授業やり切った!と思い、どんなフィードバックをもらえるんだろう?と期待しながら研究室に向かったが、指導教官から言われた一言目で私は固まってしまった。その一言とは、
「授業お疲れ様。ところで、なんであの教室の形にしたの?」
であった。
私は、「え・・・元々あの配置だったので・・・」と、アワアワと答えた。
指導教官「クラスって8人しかいなかったよね?黒板もそんなに使ってないよね?書く授業じゃないし。そしたら、学生がみんな前を向いて、黒板と先生に向かう必要はないんじゃないかな?」
と。
この時初めて、自分が「何をどういう順序で教えるか」ということにばかり注意が向いていて、学習環境デザインは全く考えていなかったことに気がついた。
それ以外にもたくさんいいフィードバックをしていただけたのだとは思うが、この時の一言が衝撃的すぎて他にどんなフィードバックがあったかは全く覚えていない。(先生、すみません)
大袈裟にいえば、学習環境デザイン、この時でいうと、机の配置であるが、意外と気にせず授業に入ってしまう先生は多いように思う。
これ以来、私は最初の授業が始まる10分ぐらい前には教室に行って、机の配置が自分のやろうとしている授業の活動に沿ったものになっているか。最初はリラックスしてもらうためにBGMかけとく?そもそも、今日って机必要かな?など考える時間にしている。10人以下のクラスであれば、基本的にはみんなの顔が見えるような半円の形にすることが多い。たまに机と椅子が移動できない講義形式のクラスを教室に充てられてしまうと、それができず、難しさを感じる。
余談だが、私の尊敬する日本語教師の先輩が、先日Facebookで、「今日は天気が良かったから、教室から外に出て青空教室にしました!」という内容の投稿をしていて、すごく素敵だなと思った。そう、日本語のクラスは、もはや「教室」である必要もないんじゃないか。教室から飛び出た方がリラックスできたり、学びが深まったりするならいっそ、外で授業もありだよな。今度やってみたいな。
教育実習のことを思い出しながら、学習環境をどうデザインするかってやっぱり大事。と改めて実感した。
