ロシア語学習者として「評価」を考える①

日本語教育の参照枠が世に出たことで、私の勤め先でも、認定のためにカリキュラムを作り直すことになり、そのお手伝いをさせてもらっている関係で、私自身も「評価」について改めて考えることが増えました。

それに伴ってもちろん、思うところも多くなり、なんだかなぁ…とモヤモヤを抱えながら過ごしているところではあるんですが…。

実はこれまで、「評価」について考えるとき、日本語教師という立場上(特にカリキュラムや授業シラバスを作成する立場にあったこともあり)、どうしても教師の目線から考えがちだったんですが…。

先日あることがきっかけで、視点を変えるという気付きを得て、教師としてではなく、ロシア語学習者としての立場から「評価」について改めて考えてみようという気持ちになったので、数回に分けて、このことについて記録しておきたいと思います。

今回はまず、その目線を変えるという気付きを得たきっかけを…。

先日、全く日本語教育とは関わりのない、ある企業に営業職としてお勤めの方とお話させてもらう機会があり、その方の企業(部署)における人事評価についてのお話を聞かせてもらいました。

その方の部署では現在、部署全体での数字目標はあるものの、個人を数字で評価することはなく、個人に対しては、いくつかの評価項目についてナラティブによる評価をしているとのことで、「おっこれは個別最適感があるなぁ…」と感じながら、ふむふむと聞いていました。

私としては、「それってすごくいい評価だなぁ」と思ったので、どうしてその評価にしようと思ったのか、ということを聞いてみると、実は数年前までは、売り上げの数字で個人を評価していたけど、トップを走っていたプレイヤーの社員から評価の方法を変えてほしいという提案があって、その方自身もいろいろ考えた結果、社員のモチベーションや精神衛生、また会社への定着という点を考えて、今の形に評価を変えたということです。

結果的に、数字の評価からナラティブ評価に変えたことで、評価する立場からも、社員個人の目標の達成と、会社としてなってもらいたい社員像を重ねて導くことがしやすくなったという話もされていて、心の中で、「おおお!やっぱナラティブ評価いいじゃん!!!!」となったところで、今、自身がしている評価について、「ちょっと何のために評価をしてるのか分からなくなってる…」ということをこぼしだす私…。

それに対して、「今の部署はこの人数だから、この評価ができてるけど、人数規模が変わったらこの評価方法はそぐわなくなる可能性もあるし、そもそも日本語学習者の側はどういう評価がいいとか、評価方法を変えてほしいとかって言ってるの?」という返答をもらって、ハッとなる私…。

視野狭くなりすぎて、学習者の立場、置き去りになってますやん!!!!!!

しかも、そこですぐ頭によぎったのは、「学習者への評価に対するニーズの調査とかって…」みたいなこと…。

いやいやいや、あなた、あなた自身が言語学習者ですやん!ってことに気づけたのは次の日になってから…(笑)

そういうわけで、ロシア語学習者である私が、学習者の立場から「評価」というものをもう一度考えてみよう!というのを次回からまたつらつら書きたいと思います。

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