前回モヤモヤを抱えながら参加を決めた地域日本語教室。
その後、約2ヶ月が経ち、娘と共に何度か足を運んだ。
私たちが参加しているのは幼児クラス。
隣で教科書を使用しながら、ある程度カリキュラムに沿って
進められている小学生以上のクラスとは違い、
幼児クラスには決まったカリキュラムもない。
とりあえずその場にあるものを使って、折り紙をしたり、塗り絵をしたり。
子どもそれぞれ性格も日本語レベルもバラバラ。
さらに幼児なので集中力は短い。
何をすれば良いかボランティアメンバーも困っており
時間を持て余している様子。
「せっかくここに来てるんだから、もっと日本語の活動とか
みんなで一緒にやれることをやりたいんだけど。。
幼児クラスでも何か決まったカリキュラムがあった方がいいのかしらねぇ。」
1人の言葉に全員が頷きつつ、どうすれば良いのかわからず困っていた。
ある時、幼児クラス担当が私ともう1人の方、2人だけの日があった。
対する子どもは5人。
「折り紙とか塗り絵とか、以前使っていたものはどこにあるんですかね?」
と聞いたところ、「私もつい最近入会したばかりなので知らないのよね。」とのこと。
でも他のボランティアは別室の小学生以上クラスに行ってしまっているので
他に頼れる人は誰もいない。自分たちでどうにかするしかない。
パーテーションで区切られた備品庫に入り、使えそうな道具を探す。
カルタや絵カードなど、使えそうなものを手当たり次第に掴んで戻り
散らばっていた子どもたちを一か所に集めた。
頭・肩・膝・ポン🎵の歌を歌いながら、注目を集め
最後は「手はおひざ〜。」と言ってみんなの座る姿勢を整えた。
「本読みとか、みんなで一緒にできる活動、やってみましょうか。」と提案し
自宅から持参した我が子が使っていた絵本を取り出し
クイズを出しながら、読んでいった。
その後はそれぞれやりたい活動に散らばったので、
前と同じく折り紙や塗り絵の時間となったが、
一先ず本読みの時間だけは、みんなで一緒に活動する時間にすることができた。
一緒にやっていたもう1人の方が言った。
「やっぱり経験がある人は違うね。私は特に資格もないし、子どもももう大きいし。
ああいうアイディアとかすぐ浮かばないし、子どもむけの歌ももう全然わからない。」と
「いえいえ!私はまだ子どもが小さいこともあって。保育園でやってもらってたこととかを
真似しただけなんで!子どもの集中を保つの難しいですよね。」と慌てて答えながら、
入会時に会長が言っていた言葉を思い出す。
「有資格者とか経験者の方が入ると、自分はそこまでできないと言って長年やってきた方とかが
辞めちゃうのよね。だからうちはそういうのは求めないの。」
「まずい。。。このままでは今一緒にやっている方も辞めてしまうかも。
あまり張り切って動かないようにしなくては。」と考えた。
本当はAIに相談して、幼児クラスのカリキュラムをいくつかのパターンに分けて
作成し、提案してみようかとも考えていたが、それも一旦保留にした。
ここでは私の専門性は出さない方がいいのかもしれない。
この地域は散在地域ではあるものの、年々外国ルーツの子どもの数が増えており
唯一の公的な受け入れ機関であるこの「地域日本語教室」は
正直パンク状態になっていた。
ボランティアの大半は高齢者の方々であり、体調面や家族の都合などで
毎回の参加は難しい。
そして私のようにいわゆる現役世代の参加者も数名いるが
こちらも仕事と家族の予定でカレンダーがいっぱいになり、
教室を欠席することが多い。
これ以上、子どもたちが増えたらどうするつもりなんだろう?
カリキュラム作成をしたり、ボランティアの悩みを聞いたり、成長を促すまとめ役もいない。
(おそらく会長がその役割なのかもしれないが。)
行政はこの教室に市内の外国ルーツの子どもたちの居場所としての機能を求めているけど
おそらく、善意だけで回らなくなる日は近い。
「ここで終わりにしたら、結局困るのは子どもたちなんだよなぁ。。」
と考え、意を決して市の窓口へ以下の内容のメールを送ってみた。
「最近、地域の日本語教室に参加する機会がありました。
ここ数年、外国ルーツの子どもたちが増加しており
教室のボランティアだけでは、手が回らない状態になっていると伺いました。
文部科学省からも、外国人児童生徒等への初期日本語指導やプレクラス、
地域における日本語教育体制の強化に関する施策が示されていますが
〇〇市は、今後子どもの日本語教育の拡充について検討されていらっしゃいますか。
私は現在市内の学校教育と、さまざまな現場の日本語教育に携わっており、
日本語教員養成の講師も行っています。
もし今後、市内の日本語教育充実を検討されている場合は
何らかの形でお力になれたら嬉しく思います。」
しばらくして市から届いた返答は以下の通り。
・我が市ではプレスクール等の検討はしていない。必要性については今後検討していく。
・すでに市内には「地域日本語教室」があり、希望者はそこに通うことができる環境。
・市内の小中学校にも、必要があれば日本語支援員を派遣している。
・今後ご相談させていただく機会があれば、その際はよろしくお願いします。
予想通りの返信。
「地域日本語教室」があるのも、「日本語支援員」の存在も、そんなことはすでに知っている。
それが機能していないことを現場の方々から聞いたから、
私も教室に参加して現状を知ったから連絡しているのに。
文科省は「日本語教育人材」が不足しているといい、
登録日本語教員の資格取得をすすめている。
でもその「専門人材」とは誰が求めているものなのか。
確かに一部の集住地域の都市では、市の職員として
「日本語教育コーディネーター」などを置いているところもある。
でも、ほとんどの市では、「可能であればボランティアでまかないたい。」
というのが本音ではないだろうか。
私の県の、外国にルーツを持つ児童生徒の割合は全国的にも高い。
ここでもよく「日本語教育人材」が学校現場に必要だ!という声を聞く。
でも実際現場に入ると日本語担当教員は周囲に業務内容や
その専門性を理解してもらえないことが多い。
私も、日本語教育がこれから社会の様々な場所で必要となるであろうことを
感じている。でも。その必要性は日本語教育に関わっているからこそ感じることで
社会の多くの人にはまだその実感はないのかもしれない。
だから、客観的にみて必要と思える場にも、その役割が存在しない。
国が必要と言ってシステムだけ作っても、それが実際には機能していない。
今回私から送った市への問い合わせメールは
一見するとただの営業メールにも思われたかもしれない。
以前の私だったら、多分最初から諦めて、そんなメールも送らなかった。
でも公立学校の日本語担当教員となってから今日までの約10年。
もがきにもがいてもなかなか社会に日本語教育が浸透せず
何もできない自分にもどかしさを感じてきたからこそ
わかったことがある。
自分が動かないと、社会は何も変わらない。
そう。この国には日本語教育はまだまだ全然根付いていない。
必要だと声をあげているのは、主に日本語教育関係者と一部のすでに困っている人のみ。
地域の日本語教室に行っても、下手に専門性を出すと引かれることさえある。
「私は専門家ですよー。」と言っても、煙たがられるだけ。
むしろ行政としては、専門家ではない人たちにお願いして
あまりお金をかけずに、しかも自分たちの指示通りに動いてくれるなら
その方がやりやすいのかもしれない。
でも、それで苦しむのは結局日本語教育を必要としている当事者たち。
日本語教育者だけが、ワーワー言ってもどこにも届かない。
だから無駄になることが多くても、ほんの少しの偶然や奇跡を信じて
私はいろんなところに顔を出し、いろんな人と繋がることにした。
今よりもっと状況が悪化した時に、「あ、そう言えばあの人がいたな。」
と思い出してもらえるように。
あのメールも、いつか何かに繋がったらいいなという気持ちで。
ものすごく非効率なことをしているような気もするけれど
これが今の私の最善策でもある。
もっと効率的な方法はあるんだろうか。
あればぜひ教えて欲しい。
「日本語教育人材」が必要って本当?
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